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安井息軒顕彰会
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日本を近代国家へ導いた知の巨人 安井息軒とは?
安井息軒とは🌈
息軒の4つの偉大さ🍀
息軒略年譜🌸
安井息軒は江戸末期、寛政11年1月1日、日向国飫肥藩清武郷の武士であった安井滄洲と楚也の次男として生を受け、父から学問の手ほどきを受け、大坂や江戸に遊学し学問を深めました。
その後28歳で清武の郷校「明教堂」の助教授に、32歳で飫肥の藩校「振徳堂」の助教になり、39歳の時家族を伴い江戸に出て「三計塾」を開きました。
さらに63歳の時には昌平坂学問所の教授になりました。その著作は今日でも高く評価されており、清国や朝鮮でもその名を知られ、日本一の学者と評価されました。
森鷗外や夏目漱石等も息軒をリスペクトしており、幾多の著名な小説家の著作にも登場するほどの偉大な学者です。
1 学者として
①儒家のみならず法家思想や洋学にも
精通した学者であった。
②息軒が古学・考証学の学者として初
めて昌平坂学問所の教授になった。
③息軒の学識は広く清国や朝鮮にも知
られていた。
2 教育者として
①清武「明教堂」、飫肥「振徳堂」、
江戸「三計塾」等で約2千人の素晴ら
しい弟子を育てた。
②弟子の中には陸奥宗光や谷干城、井
上毅、河原順信、小倉処平などそう
そうたる弟子がいる。
③勝海舟・山岡鉄舟から明治天皇の先
生になるよう依頼された。
3 政治アドバイザーとして
①水戸斉昭から今後の内政や外交の在
り方について下問を受け、書にまと
めて見事に応えた。
②将軍家茂に謁見、老中らには日常的
にアドバイスをしていた。
③飫肥藩に対しては日常的にさまざま
なアドバイスをしていた。
4 郷土発展・日本発展への貢献
①自らの働きや弟子たちの活躍を通じ
て、郷土への貢献はもとより、日本
の発展に大きく貢献し、近代化に導
いた。

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